ムロのブログ〜ソフトテニスで学んだこと〜

「ムロのブログ〜ソフトテニスで学んだこと〜」ブログをご覧いただき、ありがとうございます。このブログは前身の「ソフトテニスで学んだこと」に加え、元日本最大アパレル企業勤務、元飲食店店長、元高校教員、ちょっとした海外経験など、異色の経歴を持つムロの自由気ままなブログです。こちらに書かれていることは、「正しい意見」ではなく、あくまで私自身の「考えたこと・感じたこと」です。

【ソフトテニスで学んだこと 21】守りにはいっちゃってませんか? そのカラクリとは、、、

大阪の最低気温が4度と予報さえおどろきです。

 
GWといえば、夏手前の天気で合宿ばかりしてた頃を懐かしく思います、ムロです。
 
今回は「守りにはいるカラクリ」について。
 
「攻めの姿勢」と「守りの姿勢」

 
スポーツでは、流れというものが存在します。
 
それは知ってるよ、という方も多いでしょう。
 
そんな流れを自分側に引き寄せるには、
 
よく聞く「攻めの姿勢」が必要。
 
それも知ってるよ、という方が多いでしょう。
 
流れを引き寄せたくない人など1人もいないでしょう。
 
では、なぜみんな「攻めの姿勢」ではないのでしょうか?
 
スポーツ番組の解説などで、
 
「守りにはいった」なんて言葉を聞くのはなぜでしょうか?
 
おそらく厳密的に研究で、
 
「攻め」と「守り」についての正確な基準は、
 
明かされていないでしょう。
 
その二つに関しては、基準をつくるのが、実に難しい。
 
なぜならば、その二つは人が感じるものだから。
 
オセロの白黒と同じで、
 
「攻め」と「守り」はどちらか一方で、
 
中間というものは存在しません。
 
守りにはいるからカラクリとは、、、、

 
人は過度に期待を感じると、
 
その期待に応えなきゃと神経質になり、
 
守りにはいっちゃうんです。
 
というのも、
 
その期待に応えられなかったとき、
 
「がっかり」が自分に跳ね返ってきちゃうと、
 
考えちゃうからなんですね。
 
これは感覚の問題なので、
 
自分では「守りにはいらず、攻めないと」
 
と思っていても、無意識のうちに守りになっちゃう。
 
まずはこのカラクリを知ることが大切。
 
あとは実際の現実の中で、
 
自分自身で「守りにはいった」とか、
 
「あの時に守りにはいっていた」とか
 
実感しないと自分のものとして理解するものは難しいでしょう。
 
でも、過度な期待が「守り」のきっかけになりうる、
 
という事実を知っていれば、実感することはそう難しくありません。
 
実感するまでやってください

 
いつもならここから僕なりの実践や経験を、色々書き込んでお伝えしています。
 
ですが、この感覚については僕からどうこう伝えるよりかは、
 
 「実感してください。感じるまでやり続けてください。」
 
と伝える方がいいでしょう。
 
心理学では、
 
「人は、自分の中で『ない』と思っているものの『ある』ものとしては認識はできない」
 
という言葉があります。
 
例えば、
 
自分は無意識のうちにこだわっていることってありませんか?
 
それで周りから「そのこだわりすごいよね?」って言われちゃって、
 
その言葉でハッとして、「周りからすると、結構こだわっていたんだ。」
 
と、初めて実感するみたいなやつ。
 
 上にあげた例のように、
 
「守りにはいった」と実感するのが難しいならば、
 
周りに協力してもらって指摘してもらえばいいのです。
 
そこから「攻め」に転ずる何かが見え始める。
 
「守り」にはいっていてもいいことなんてありませんから。
 
それを実感するまで諦めずやり続けてください。
 
実感できるその日を期待しています。
 
では、今回はこの辺で。
 
 
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 『心技体』というのは、誰もが知っているスポーツに大切なことです。私が大好きなソフトテニスでもそれは例外ではありません。ですが日本の本屋さんには、ソフトテニスに関する『心』を専門とする書籍というものは存在しません。サッカーや野球には、各界の著名人の書籍や自伝から『心』に関する書籍というものが存在するのにも関わらずです。私自身、選手や部活のキャプテンをしていた時には、そのようなものが存在しないことで多くの苦労をした経験があります。
 そこで私は、自身が個人戦・団体戦で全国大会まで出場するまでの道のりの中で知ったこと、そしてソフトテニス選手から離れ、教師の経験、大企業での勤務経験、会社経営者に近いところで働いた経験から、ソフトテニスの『心』に関するメディアを、ブログと書籍で創り出します。
 ソフトテニスをしている人、ソフトテニスをしていた人、そして私と繋がりのある大切な人たちがそのメディアから少しでも刺激を受けて、今目の前にあることに挑戦することで、周りを明るい空気に変えていき、最終的には未来ある子どもたちの笑顔がもっと生まれる社会の実現を目指します。