ソフトテニスで学んだこと

「ソフトテニスで学んだこと」ブログをご覧いただき、ありがとうございます。こちらは、私自身が大学時代に個人戦・団体戦で全国大会まで出場した経験などソフトテニスで学んだことと、社会人となり社長の近くで仕事を経験したことから、「ソフトテニスで学んだこと」と題して、人生における大切だと感じたことをまとめていくブログです。 「正しい意見」ではなく、あくまで私自身の「考えたこと・感じたこと」です。

本を創り出す決意

初ブログとなりますこちらでは、そもそも「なんでソフトテニスのメディアを創り出そうとしたの?」というものに答えます。

 

僕自身初志貫徹するための忘備録としても、何度も読み返しています。

 

最初に書いたブログですので、間違いや読みづらいというところはあると思いますが、そちらはご容赦いただき、心でその想いを感じてもらえればと思います。

 

1.夢を叶えた瞬間の脱力感

 
「松室さん、王座です。」
 
 涙を流しながら僕に話しかける当時の部長であった後輩の姿は今でもはっきりと覚えています。
 
 僕が大学時代所属していたソフトテニス部は、王座(正式には、全日本ソフトテニス学生王座選手権)に出場することを目標としていました。
 
 僕個人としても、個人戦での全国大会は経験していたので、未経験である『みんなで全国へ』との想いは人一倍強く、団体戦での全国大会である王座出場はまさに夢が叶った瞬間でした。
 
 後輩の言葉を聞いた瞬間、「よっしゃ、ついにやったな。」と嬉しくなってハイタッチの一つでもするのが普通かもしれませんが、(他の部員はみんなはしゃいでいました。)、僕の想いは別のところにありました。
 
 「あ、叶っちゃった。」という、それなりに嬉しい感情はもちろんもっていましたが、喜怒哀楽でいうと『喜』よりかは『哀』の感情がぴったりで、少しばかり脱力感を感じました。
 
 『頂上には、実は何もない。』と、大学時代の教授がぼそっと話していたことがありますが、まさにその言葉の意味が理解できた気がします。
 
 頂上を夢や目標とするならば、頂上までの道のりは楽しいこともあり、辛いこともありだったけど、いざ頂上に立つと優勝の嬉しさよりも、意外にもぼーっとしてしまうような脱力感を感じるものでした。
 
 一流のアスリートが、例えば夢であるオリンピックでメダルを獲得したすぐあとの表彰式やインタビューは涙を流して感動しているけれども、その流れの熱が冷めると、ふと脱力感を感じるという話をよく耳にするけど、僕はその感覚が夢を叶えた瞬間のすぐあとに感じたのです。
 
2.油断が全てをだめにする
 
 
 夢や目標を叶えると人や組織は、無意識のうちに次の夢や目標を立てるもので、僕の部活も例外ではなく、「次の大会も優勝」と目標を掲げてまた日々の練習に一生懸命に取り組みました。
 
 夏の練習を経て、その次の大会で、目標達成まであと1点まで迫ったそのとき、僕の試合ではなく後輩の試合ではありましたが、マッチポイントを握った瞬間に、心のどこかで「これで決まったな。」と思い込んでいたところがあったと思います。
 
 ちなみに説明しておくと、僕らが出ていた大会では、1〜2番手はダブルス、3番手はシングルス、4〜5番手はダブルスの5本勝負で3本勝てば団体戦勝利となります。
 その試合は、すでに大将の1番手が勝利し、3番手の僕が勝利し、2番手の試合でまさにあと1ポイントを取れば優勝となる、まさにその時です。
 
 ところが、その試合はひっくり返され、優勝まであと1点というところからあっさりと逆転され、準優勝という結果に終わってしまった。
 
 まさかまさかの展開で、僕自身なぜ負けてしまったのかわからないままでした。前の大会とは別の脱力感を感じ、ただただ哀しかったことを覚えています。
 
 その当時は、なぜ負けたのかは全くわからなかったですが、大学・大学院を経て、社会人となったいまは、負けた理由ははっきりとわかります。
 
 僕らは油断していたのです。
 
 スポーツでほっとしていいのは、審判が終了の合図を出したあとであって(試合後に違法行為が発覚し、負け試合になることもあるが)、それまでは勝つ可能性は対戦相手にも自分にも平等に与えられています。
 
 その大会で、「一瞬の油断がすべてをだめにする」と人生で大切なことを学べたのは自分にとってとても有意義なことであったと、当時は哀しいだけだったが、いまはその時に学べたことが幸運だったと有難い気持ちでいっぱいです。
 
3.ソフトテニスは、人生で大切なことをすべて教えてくれる
 
 負け試合から、「一瞬の油断がすべてをだめにする」という人生で大切なことを学んだ僕は、そのあと書籍を読んだり、社会人や経営者向けの勉強会やセミナー・講演会に参加して話を聞いていく中で、ふとこんなことを思いました。
 
 「もしかするとソフトテニスは、人生で大切なことをすべて教えてくれるんじゃないか?」
 
 そんな気持ちを抱えて、もはや僕の中では趣味化している書店巡りをしている途中に、一瞬で心を奪われたタイトルの本を見つけました。
 その本のタイトルは「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」というもので、元グーグル日本法人代表取締役社長の辻野晃一郎さんの著書である。
 
 すぐにレジで購入して、近くのカフェで一気に読み上げました。読み上げたあといろいろな感情があったが一つ確信したことがありました。
 
 それは、「どんなものであれ、人生で大切なことはそれを一生懸命やる中で学べる。僕にとってはそれがたまたまソフトテニスだった。」ということです。
 
 その後調べてみると、辻野さんの著書に似たタイトルの本はいくつか出版されていて、内容も近しいものである。スポーツ業界では野球やサッカーにそのような本がありました。
 
 4.ソフトテニスの本はどこにあるのか?
 
 そこから僕は都内でも有名な大型の本屋さんを巡り、書籍検索のパソコンで調べたが、ソフトテニスでそのような本はどこにもありませんでした。
 
 いまやそこにないものはどこにも売ってないのではないかとも思わせるAmazonのネット検索でもありませんでした。
 
 あるのは、技術本や筋トレの本であって、僕が探し求めている本はどこにも存在しなかったのです。
 
 「なんでソフトテニスはないんだろう?」
 
 単純に僕はそう思いました。野球やサッカーはあるけど、ソフトテニスはない。当時は全く理解ができませんでした。
 
 当時は全く理解できなかったが、いまの僕ならしっかりとした根拠ではないが、確信に近いものがあります。
 
 それは、「売れないから」です。
 
 運良く僕の知り合いには会社の代表や役員の方がいて、経営の話を聞く機会が少なくありません。その方々の話を聞けば、確かにと納得することとして、「売れると思うものを売る。売れないと思うものは売らない。(そもそも商品として開発しない。)」というものがあります。
 
 おそらく出版社の編集者の方々は、「サッカーや野球の本は売れる可能性は高いけど、ソフトテニスの本は売れる可能性は低いだろう。」と考えているから、存在しないです。
 
 それもそのはずで、僕は特にサッカーが好きというわけでもないしクラブや部活でやっていたわけではないが、いまのサッカー日本代表はおおよそわかる。それに対して、ソフトテニスの日本代表は、元ソフトテニス部の人でも知らない人が大半なのが現状です。
 
 そう考えれば、売れないと思う編集者の気持ちは理解できるし、売れないと思うものを売上や利益の向上を求める企業の人間がするはずがない。ただの赤字を嬉しく思う経営者などどこにもいないでしょう。
 
5.ソフトテニスの本を作り出す決意
 
 では全くそのようなソフトテニスの本は価値がないのかといえば、僕はそれはないと確信しています。
 
 僕はソフトテニスを通して成長したと確信しているし、日本代表や有名選手のインタビューを読んでも同様なことが書かれているし、僕の後輩は「ソフトテニス部で成長できました。」と言ってくれています。
 
 さらに言うと、幸運にも、僕は聞けば誰もが知っているような企業の元代表の方と話す機会をいただき、ソフトテニス部の話をさせてもらいました。
 
 僕なりに考えて、かいつまんで一通り話し終えた後に
「それはすごく良い経験をしたね。大人になっても、なかなか経験できないことだよ。大切にするといいよ。」と言われた時には、ただただぢすごく嬉しかったのを覚えています。
 
 その日から僕は、この経験は何かの形で世の中に残すべきだと思い始めました。お金がかかるとか時間がかかるとか面倒くさいということは考えれば考えるほど浮かんでくるが、それよりもこの世に、僕がソフトテニスでの経験から学んだことというのはこの世に残すべきだという想いの方が強かったのです。
 
 そこで、僕が本が好きなので、本という文字で残るものを作りだそうと思いました。
 
 いきなり本を出すよりも、考えをまとめながらも発信していけるブログを選びましたが、最終的には本として世の中に出していこうと考えています。
 
 このようなものを作り出そうと思う人は僕しかいないんじゃないかと勝手に思っています。
 
 僕なんかより執筆した方が世の中のためになるのではと思う方は頭に浮かぶし、僕よりも有名な選手など星の数ほどいるんじゃないかと思うほどです。
 
 でも僕の想いは強く、世の中に残すだけの価値のあるものを創り出せることは、根拠のない自信がある。
 
 「私は一隅を照らす存在でありたい。」という言葉がありますが、これは私は太陽ではないので世界全体を照らすことはできないが、部屋の一隅、つまりは自分の周りだけは、太陽のように光を照らす存在でありたいという意味です。
 
 僕が残す本もそれと同様の気持ちである。もちろんいろいろな人、ソフトテニスをしていない人にも読んでもらえたら本望である。
 
 読んでくれた人が読む前よりも少しでも笑顔が増えて、ソフトテニスにさらに集中したり、仕事に励んだりしてくれたらこれ以上の幸せはありません。

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